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追って追って追って以下同様 [ノート]

ふとしたきっかけでゼノンのパラドクスのことが気になりだした。近頃の数学史ではそれはどう位置づけられているのか、というのがはじまりだったのだが、そのうちすぐに、いわゆるアキレスとカメのパラドクスの定式化へと興味がそれていって、そもそもアリストテレスはそれをどういうかたちで伝えているのか、という訳で、Hardie & Gaye による英訳を覘いてみることとあいなった。
それは、だが、次のような要約でしかないのだった。
「The second is the so-called 'Achilles', and it amounts to this, that in a race the quickest runner can never overtake the slowest, since the pursuer must first reach the point whence the pursued started, so that the slower must always hold a lead.」(Physics VI.9)
これでは簡略に過ぎて論証の体をなしていないではないか。問題は
「追うものはまずは追われるものがスタートした地点に達しなければならず、したがって遅い方がつねにリードを保つことになる」
というくだりだ。そこで、これをまっとうな推論に仕上げるにはどうしたらいいか、と考えてみて、アリストテレスになりかわって――モダンな理論に頼ることなく――それを為そうとする限り、どうにも仕様がなさそうだと気づいた。そして、そこにこのパラドクスのからくりがあるらしい、と。
まず、コンテクストをある程度はっきりさせることからはじめよう。走者は例によってアキレスとカメで、レースは百メートルの直線コースでおこなわれるものとする。ただし、カメはゴールまで十メートルの地点からスタートするものとしよう。もちろん、アキレスにはしっかり百メートルを走ってもらう訳だが、それでも彼は易々とカメを追い抜いてゴールに入ることだろう。途中で休んだりしない限りは。そこで、両者は合図とともに一斉にスタートし、ゴールめがけてひたすら駆け続けるものとする。以上を前提として、問題のくだりを次のように敷衍してみよう。
「まず、カメのスタート地点を第一地点と呼ぶことにすれば、アキレスが第一地点に達するまでの間に、カメもまた、アキレスに較べれば僅かにせよ、先へ進む。そこで、アキレスが第一地点に達する丁度その時にカメが達する地点を第二地点と呼ぶことにすれば、アキレスがさらに進んで第二地点に達するまでの間に、カメもまた、アキレスに較べれば僅かにせよ、さらに先へ進む。そこで、アキレスが第二地点に達する丁度その時にカメが達する地点を第三地点と呼ぶことにすれば、アキレスがさらに進んで第三地点に達するまでの間に、カメもまた、アキレスに較べれば僅かにせよ、さらに先へ進む。以下同様。したがって、それらの地点の何れについても、アキレスは、カメにリードを許したまま、そこに達することになる。」
我々は、上のようにしてコース上の地点をひとつづつ次々に規定していく作業には、その続行可能性において、原理的に際限が無いことを確信している。だが、そのことをこうして「以下同様」に託してみても、それだけでは第三地点に続くどんな地点も規定されはしない。「以下同様」やそれに代わるフレーズ、クローズは、このレースの記述――あくまで仮想的なものな訳だが――の一部なのではなく、記述に係るものであり、それによって当の記述がさらに進捗することはない。記述内容が増すことはない。そうすると、だが、「それらの地点の何れについても」は何を意味するのか? 古代ギリシャには、この穴を埋める手立ては無かっただろう。
ところで、この穴あきの推論は、次のような記述と、えてして混同されがちだ。
「まず、カメのスタート地点を第一地点と呼ぶことにすれば、アキレスが第一地点に達するまでの間に、カメもまた、アキレスに較べれば僅かにせよ、先へ進む。そこで、アキレスが第一地点に達する丁度その時にカメが達する地点を第二地点と呼ぶことにすれば、アキレスがさらに進んで第二地点に達するまでの間に、カメもまた、アキレスに較べれば僅かにせよ、さらに先へ進む。そこで、アキレスが第二地点に達する丁度その時にカメが達する地点を第三地点と呼ぶことにすれば、アキレスがさらに進んで第三地点に達するまでの間に、カメもまた、アキレスに較べれば僅かにせよ、さらに先へ進む。以上のようにしてコース上の地点を逐次規定していく作業は際限無く続行可能であり、そして、それが続けられる限りにおいて、各段階で規定されるのは、アキレスがカメにリードを許したままそこへと達することになる地点である。」
件の穴あき推論が、レースの記述にそれに係る表現が割り込むかたちをしているのに対して、こちらは、謂わば二階建ての記述であり、レースの記述にはじまり、それに係る記述で終わっている。それらが交錯する処に、このパラドクスは巣くっていると云える。そのからくりはこうだ: まずレースの断片的記述を呈示し、それが際限無く延長可能であることを覚らせ、そして、その記述にまつわる際限無さを、アキレスの走りにおけるものと取り違えさせる。
なお、今日の我々は、古典力学とスタンダードな数学に依拠して、上のような第一、第二、第三地点にはじまる無限列を、謂わば一挙に規定することができる。(アキレスとカメの運動をそれぞれに表わす関数を考え、それらを用いて、いわゆる再帰的定義にうったえればいい。)それによって問題のくだりを定式化しなおすとすれば、どういうことになるか? それを考えるのはまたの機会としよう。
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