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聖のんだくれ伝 (その十三) [本棚]

聖のんだくれ伝
ヨーゼフ・ロート

その十三

 さて、摂理に遵って――あるいは、信仰のうすい人々ならばこう云うところだろうが、偶然にも――アンドレアスはまたしても十時のミサの終了直後に到着することとあいなった。そしてもとより知れたことながら、彼は教会の近くに前回そこで飲んだビストロを見いだして、やはりまたそこに入った。
 そんな訳で彼は飲むべく註文した。だが彼は用心深かったので、それにこの世界のあらゆる貧乏人は仮令奇蹟に次ぐ奇蹟を経験していたにしてもそういうものなので、まずは自分が本当に金を足りるだけもっているのかどうかたしかめ、さらに札入れを引っぱり出した。そして九百八十フランがもうたいして残っていないらしいのに気付いた。
 それは二百五十フランしか残っていないのだった。彼はよくよく考えて覚った。かの美しい娘がホテルで金を抜き取ったのだと。だが我らがアンドレアスはそれをものともしなかった。彼はひとりごちた。どんな愉しみにだって金を払わねばならないのであり、そして自分は愉しみをもらったのだから、やはり支払わねばならないのだと。
 彼はそこで待つつもりだった。鐘が、すぐ傍の教会の鐘が鳴るまでのあいだ。ミサへ行ってそこで小さな聖女への責務をようやく果たすために。それまで彼は飲むつもりであり、かくて飲むべく註文した。彼は飲んだ。ミサをしらせる鐘がとどろきだして、彼は声をあげた。「ウエイター、勘定を。」払いを済ませて、立ちあがって、ドアから外へ出て、その途端にやけに大柄で肩幅の広い男とぶつかった。彼はすぐさまその名を呼んだ。「ヴォイテク。」相手も同時に声をあげた。「アンドレアス。」彼らは抱き合った。彼らはふたりとも嘗てケベックで炭鉱夫をしていたのだった。ふたりとも同じ炭坑で一緒に。
 「ここで待っててくれよ」とアンドレアスは云った。「ミサのあいだ、ほんの二十分。すぐだから。」
 「嫌なこった」とヴォイテクは云った。「いつからミサなんかに行くようになったんだ。俺は坊主は好きになれないし、坊主のところへ行くやつはなおさらだ。」
 「いや、小さなテレーズのところへ行くんだ」とアンドレアスは云った。「金を借りてるんだよ。」
 「小さな聖テレーズのことを云ってるのか」とヴォイテクが問うた。
 「そうだよ」とアンドレアスが返した。
 「いくら借りてるんだ」とヴォイテクが問うた。
 「二百フランだ」とアンドレアスは云った。
 「じゃあ附いて行こう」とヴォイテクが云った。
 鐘はまだとどろき続けていた。彼らは教会へ向かった。そしてその中に立ったとき、丁度ミサがはじまったところだったが、ヴォイテクがささやき声で云った。「いますぐ百フランくれ。あっちに俺を待ってる男がいるのをうっかり忘れてた。金が無きゃあ俺は刑務所行きだ。」
 アンドレアスは残っていた百フラン札を二枚とも即座に差し出して、云った。「あとからすぐ行くよ。」
 さて彼はテレーズに返すための金がもう無いのを悟って、このうえミサに居合わせるのは無意味だと考えた。単に律儀さからそのまま五分待って、それから彼はヴォイテクが待っている向かいのビストロへと赴いた。
 このときから彼らは互いに相棒となった。そう誓い合ったのだった。
 もちろんヴォイテクには金を返さねばならない友人など居なかった。アンドレアスが貸した百フラン札のうちの一枚を彼は念入りにハンカチーフに隠してその印に結び目をつくった。残りの百フランで彼はアンドレアスに一杯おごってはまた一杯おごりまた一杯おごり、さらに夜には彼らは好もしい娘たちの居る例の家へ行き、そして実にふたりともそこに足掛け三日留まり、かくてふたたび出て来たのは火曜のことであり、そしてヴォイテクはアンドレアスにこう告げて離れて行った。「日曜に会おう。同じ時間に同じ場処、同じ辺りで。」
 「じゃあな」とアンドレアスは云った。
 「じゃあな」とヴォイテクは云って消え去った。
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