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聖のんだくれ伝 (その八) [本棚]

聖のんだくれ伝
ヨーゼフ・ロート

その八

 ところが映画館を出る前に彼は思い当たった。自分の友人にして学校仲間の住所を明日の朝まで待つことなど全然無いと。とりわけポケットに入れてあるかなりの金額を考えれば。
 残っている金を考えるに付け、もう大胆になっていたため、彼は入場券売場で友人の住所を照会することに決めた。高名なフットボール選手カニャクの。きっと支配人に個人的に尋ねることになるのだろうと彼は思っていた。だが違った。フットボール選手カニャクほどパリ中に知られている者が他に居ようか。映画館の玄関番にしてからが彼の住所を知っていた。彼はシャンゼリゼのとあるホテルを住処にしていた。玄関番はホテルの名まで告げたので、我らがアンドレアスはさっそくそこへと向かった。
 それは上品でこぢんまりとしていて静かなホテルで、まさにフットボール選手やボクサーといった我々の時代のエリートたちが好んで住処にするホテルのうちのひとつだった。アンドレアスには玄関ホールで自らが何やら場違いに感じられたが、ホテルの従業員たちにもまた彼は何やら場違いに感じられた。それでも彼らは云った。高名なフットボール選手カニャクは在宅であり、いつでも玄関ホールに出て来れるはずだと。
 はたして二、三分後に彼が降りて来て、両者はただちに互いを認識した。そして彼らはなお立ったまま古い学校時代の憶い出を語り合い、それから一緒に食事に出かけたが、ふたりのあいだにはたいへんな陽気さが漲っていた。彼らは一緒に食事に出かけたが、さればこそそれは高名なフットボール選手が落魄した友人に次のごとく問うという事態を招来した。
 「どうしてそんなにおちぶれた姿をしてるんだ。なんて襤褸を纏ってるんだよ。」
 「なんでこうなったか語った日にはひどいことになる」とアンドレアスは応じた。「それに俺たちの運のいい巡り会いのめでたさまでだいなしになっちまう。無駄口はたたかないに越したことはないよ。なにか明るいはなしをしよう。」
 「俺はスーツをごまんともってる」と高名なフットボール選手カニャクは云った。「どれやら喜んでおまえに譲ろう。俺たちは学校で隣どうしだったんだし、それにおまえは答案を写させてくれた。スーツ一着俺にはなんでもないよ。何処に送ればいい。」
 「それは無理だ」とアンドレアスが応じた。「いや、ただ単に俺には住所がないからさ。かなり前からセーヌの橋の下で暮らしてるんだ。」
 「じゃあ俺が部屋を借りてやろう」とフットボール選手カニャクは云った。「ただ単におまえにスーツをプレゼントできるようにするためにさ。行こう。」
 食事を終えてから、彼らは部屋を借りに行った。そうしてフットボール選手カニャクが借りたその部屋は一日二十五フランであり、「マドレーヌ」の名で通っているパリきっての立派な教会堂の近くに位置していた。
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